名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2017号 判決 1971年11月30日
原告 朝日商事有限会社
右訴訟代理人弁護士 山本朔夫
被告 日建整美株式会社
被告 奥村利弘
被告 奥村弘子
右三名訴訟代理人弁護士 片山欽司
同 杉本信之
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
被告らは原告に対し金二五五万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日から支払済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
三、請求の原因
(一)、原告は被告らと昭和四〇年一一月一〇日取引極度額金五〇〇万円、遅延損害金は日歩二〇銭との約定で手形取引(小切手も含む)契約を締結した。
(二)、原告は被告らから右の契約による貸金の支払を受けるために次の小切手の振出交付を受けた。
1額面 金一六二万円
振出人 被告奥村利弘(甲第三号証)
2額面 金一一八万円
振出人 被告奥村利弘(甲第四号証)
3額面 金五〇万円
振出人 被告会社 (甲第五号証)
4額面 金二六万四、〇〇〇円
振出人 被告奥村利弘(甲第六号証)
5額面 金三一万九、〇〇〇円
振出人 被告奥村利弘(甲第七号証)
(三)、右の貸金の具体的行為は次のとおりである。
1、1の金一六二万円は原告が被告らに対し昭和四一年二月二〇日頃金八六万四、〇〇〇円を期限を一カ月後として貸付け、以後一カ月毎に返済期限を延期していたもの一口と同年八月三一日頃に金五四万円、同年一一月七日頃金二二万五、〇〇〇円をそれぞれ前同様貸付け期限を一カ月として一カ月毎に期限を延期していたところ、同四二年一月上旬右の三口の合計金一六二万九、〇〇〇円の内金九、〇〇〇円を減額して金一六二万円一口とし、以後同額の小切手を毎月一枚宛書替えていたものであり、甲第三号証の小切手はその最後の小切手なのである。
2、2の金一一八万円は原告が被告らに対し昭和四二年一月二六日頃金六四万八、〇〇〇円、同年八月二五日金四五万四、〇〇〇円、同年九月二五日金七万八、〇〇〇円をいずれも期限を一カ月後として貸付け以後一カ月毎に期限を延期していたところ、同年一一月頃右の三口の合計金一一八万円を一口とし、以後同額の小切手を毎月一枚宛書替えていたものであり、甲第四号証の小切手はその最後の小切手なのである。
3、3の金五〇万円は昭和四三年六月上旬頃、原告が被告らに期限一カ月後として貸付けたものであって、甲第五号証の小切手はそのときに交付されたものである。
4、4の金二六万四、〇〇〇円は1と2の合計金二八〇万円に対する昭和四三年二月一一日から同年六月五日までの日歩八銭二厘の割合による遅延損害金の内金について昭和四三年九月末頃準消費貸借契約をなし、その際第六号証の小切手の交付を受けたのである。
5、5の金三一万九、〇〇〇円は1と2の合計金二八〇万円に対する昭和四三年六月六日から同年九月三〇日までの日歩八銭二厘の割合による遅延損害金二六万八、六三二円と3の金五〇万円に対する同年六月一日から同年九月三〇日までの日歩八銭二厘の割合による遅延損害金五万〇、〇二〇円の合計金の内金について同年九月末頃準消費貸借契約をなし、その際甲第七号証の小切手の交付を受けたのである。
(四)、よって原告は被告らに対し右の貸金の内金二五五万六、〇〇〇円及びこれに対する弁済期後である昭和四四年一月一日から支払済に至るまで利息制限法所定の年三割の割合による遅延損害金の支払を求める。
四、請求の原因に対する答弁
(一)、請求の原因(一)の事実は否認する。
(二)、同(二)の事実中被告会社及び被告奥村利弘が原告の主張する小切手を振出したことは認めるがその余の事実は否認する。
被告会社及び被告奥村利弘は原告会社代表取締役林東助個人から金員を借り受けたことはあるが、原告から金員を借り受けたことは全くない。
右の各小切手の裏面には「朝日商事有限会社代表取締役林東助」なるゴム印が押捺されているがこれは原告においていつでも押捺できるものであるから、右の小切手を同被告らが振出したからといって、同被告らが原告から金員を借り受けたことの証拠にはならない。
(三)、同(三)の事実について次のとおり反論する。
1、原告の主張する1の小切手の内訳のうち、金五四万円と金二二万五、〇〇〇円の書替前の小切手は、被告奥村利弘が林東助個人に対して振出したものである。
2、また原告の主張する123の小切手の合計金三三〇万円は林東助の被告奥村利弘宛の手紙(乙第三ないし乙第九号証)によればすべて林東助の被告奥村利弘に対する貸金債権となっているのである。
3、原告主張の4の小切手は右の金三三〇万円に対する昭和四三年七月二一日から同年八月二〇日までの遅延利息であり、5の小切手は右の金三三〇万円に対する昭和四三年六月二一日から同年七月二〇日までの遅延利息の弁済のために振出されたものであって月一割近い利息をとっていたのであり、原告が主張する期間の利息の弁済のために振出されたものではない。そして右の債権も原告の債権ではなく林東助の債権なのである。
(四)、同(四)の事実は否認する。
五、抗弁
(一)、原告会社代表取締役林東助は本件各消費貸借が成立した当時被告会社の取締役であったところ、本件消費貸借につき被告会社の取締役会の承認を得ていないから無効である。
(二)、原告会社と林東助個人の営業は実体上同一の営業であって、原告会社は形骸にすぎないことは明らかであるから、これを会社と個人とに使いわけて請求することは取引の安全を害し権利の濫用であって原告の法人格は否認さるべきである
なお原告会社の帳簿には本件貸金債権は全く記載されていないから、本件貸金債権は原告の債権ではない。
(三)、被告奥村利弘は林東助に対して高金利の利息に元本を少しあて加えて弁済し続けてきたのであるが、一向に債務は減少しないので、昭和四五年五月二七日金五〇万円を右同人に支払うことにより一切の債権債務を清算したのである。
六、抗弁に対する答弁
(一)、抗弁(一)の事実中原告会社代表者が被告会社の取締役であったことは認めるがその余の事実は否認する。原告と被告会社間の取引については昭和四二年一月上旬頃に開催された被告会社の取締役会において承諾を得たものである。
(二)、抗弁(二)の事実中原告の帳簿に本件貸金債権が記載されていないことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三)、同(三)の事実中林東助が被告の主張する日時に金五〇万円を被告らから受領したことは認めるがその余の事実は否認する。
右の金員は林東助個人が被告会社に昭和四〇年一二月一五日に貸付けた金一一八万八、〇〇〇円の貸金の内入として弁済を受けたものであって、本訴請求債権とは関係がない。
七、再抗弁
(一)、原告会社の実体が被告らの主張するとおりであるとしても原告会社の営業が林東助個人の営業であり、従業員はおらず、事務所もない状態であり、原告会社の営業活動につき、林東助個人の営業活動であるかのように日常行なってきていたことを被告らは十分知っていたものであるから、被告らは原告の法人格を否認できない。
(二)、昭和四五年五月二七日の林東助の意思表示(抗弁(二))は同人の真意にもとづかないものであり、被告らもこれを知っていたものなのである。
すなわち、被告奥村利弘は林東助に右の金五〇万円を弁済した際、昭和税務署法人税係の調査に際し、税務署に見せるために必要だから念書を書いてほしい旨を申し入れたので、林東助は被告会社が右の念書のために税務上有利になればよいと考えて、同被告の要求どおりの念書(乙第一〇号証)を書いて交付したのである。
八、再抗弁に対する答弁
再抗弁事実は全部否認する。
九、証拠関係<省略>
理由
一、原告は被告らと昭和四〇年一一月一〇日手形取引(小切手を含む)契約を締結した旨を主張している。
しかして右の原告の主張に符合する甲第一号証中の被告らの名下の印影が被告らの印章によるものであることは当事者間に争いがなく、また原告代表者本人は、右の押印は被告奥村利弘が押捺した旨を述べている。しかし同被告本人尋問の結果によると右の甲第一号証中の被告らの署名部分は被告らが記載したものではなく、また被告ら名下の印影も被告らが押捺したものではないことが認められることに照すと、前記甲第一号証の成立の真正は推定されないものというべく、他にこの点に関する原告の主張を認めるに足る証拠はない。
二、しかし基本契約の成立は認められなくとも原告が被告ら対して金員を貸付けた事実が認められるならば、原告の本訴請求は理由があることになるので以下この点について審案する。
(一)、原告は被告らに対して合計金三八八万三、〇〇〇円の貸金債権を有すると主張するけれども、原告が被告奥村弘子に金員を貸付けたことを認めるに足る証拠はないから、同被告に対する原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
(二)、そして被告会社及び被告奥村利弘は右の点について原告会社代表者林東助個人から金員を借り受けたことはあるけれども、原告から金員を借り受けたことはないと主張するので以下この点について検討する。
1、<証拠>によると、被告奥村利弘は昭和四三年中に額面金一六二万円及び額面金一一八万円の小切手を振出していること、被告会社は同年九月頃額面金五〇万円の小切手を振出していること、また被告奥村利弘は同年同月頃額面金二六万四、〇〇〇円及び額面金三一万九、〇〇〇円の小切手を振出したこと右の各小切手は被告奥村利弘及び被告会社の借金債務を弁済するために振出されたものであること、が認められ他に右認定に反する証拠はない。
2、しかして原告は右の各小切手は右の被告らから原告が交付を受けたものであると主張している。
右の甲第三号証ないし甲第七号証の小切手の裏面には原告会社のゴム印が押捺されているけれども、右の各小切手はいずれも持参人払式の小切手であって、右の裏面は右の各被告らが記載したものではないから、右の裏面の記載だけで右の各小切手を被告らが原告に対して振出したものということはできない。
しかも原告は右の各小切手は被告らに対する貸金債権の支払を受けるために交付されたものであると主張しているのに、右の貸金債権は原告の帳薄に記帳されておらないものであることは当事者間に争いのない事実であり、また<証拠>によると、原告は右の貸金債権を自己の資産として昭和四一年から同四四年までの間、所轄税務署に対して申告していないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
3、次に弁論の全趣旨によれば、原告の主張は、原告の本訴請求債権のうち、金五〇万円の債権をのぞく四口の債権はそれぞれ甲第三、四号証、甲第六、七号証の振出交付を受けたときに、被告らとの間において準消費貸借を締結したものであるとの趣旨に解される。
しかし<証拠>と弁論の全趣旨を総合すると、原告が本訴において請求している債権の旧債権(右の準消費貸借成立前の債権)はいずれも林東助において同人の債権として被告会社及び被告奥村利弘に対して請求していたことが認められる。また乙第六号証、乙第七号証、乙第九号証は本訴請求債権についての被告会社と被告奥村利弘に対する催告書であると解されるが、右の書面中に原告会社の社名入りのゴム印が押捺されていることが認められる。しかし、右のゴム印中の原告会社の社名は「林東助」の記名ゴム印に比較すると小さな文字のゴム印であることが明らかであるから、右の催告書は林東助名義の催告書であって原告会社のものではないといわなければならない。
(三)、以上の認定判断によれば、本訴請求債権が存在しているか否かはしばらくおくとしても、右債権の債権者は原告ではなく原告会社代表者林東助個人であると推認するのが相当である。
三、次に本訴請求債権が成立しているとしても原告の本訴請求は次の理由により失当である。
(一)、まず原告会社代表者林東助が本訴請求債権が成立した頃、被告会社の取締役であったことは当事者間に争いがない。
しかして甲会社の取締役が乙会社の代表取締役を兼任している場合において乙会社が甲会社に金員を貸付ける行為については商法二六五条が適用されるものと解すべきである。これを本件についてみるに本訴請求債権が成立した際(原告と被告会社間に消費貸借が成立した際)、被告会社の取締役会において右の承認決議がなされたとの事実に符合する証拠として甲第二号証が存在している。しかし<証拠>によれば現実に右の書面に記載された取締役会の決議がなされなかったものであることが認められ、更に右の書面中の被告奥村利弘名下の印影は、同被告の印章によって顕出されたものであることは当事者間に争いがないけれども、同被告本人尋問の結果によれば、同被告名義の署名は同被告が記載したものではなく、右の書面は同被告の全く知らない書面であることが認められることに照すと、右の消費貸借契約について被告会社の取締役会の承認があったものと推認することはできない。
そうすると原告の本訴請求のうち被告会社に対する請求は失当であるという他はない。
(二)、次に前記二(二)において認定した事実関係によれば、原告会社は形骸にすぎないものというべく、その法人格は否認さるべきである。
1、原告の本訴請求債権の実質関係は前記二(二)において認定判断したとおりである。したがって仮に右債権が原告の債権であるとしても、これを原告の債権であるとして原告が被告らに対して行使することは法律関係の安定を著しく害し、権利の濫用に該るものであるといわなければならない。
2、原告は、被告らは原告会社の実体をよく知っていたものであると主張するが、被告本人尋問の結果によれば被告奥村利弘は本訴が提起されるまで原告会社の存在すら知らなかったものであることが認められるのでこの点に関する原告の主張は理由がない。
3、以上の認定判断によるときは、被告らは本訴請求債権について林東助との間に生じた事由をもって原告に対抗できるものといわなければならない。
しかして<証拠>によれば、被告奥村利弘は昭和四四年四月一〇日頃林東助に対する残債務について金二〇〇万円である旨の証明を受けたこと、その後、同被告は林東助に対して月約一割の高金利に若干の元本を加えて弁済しつづけてきたが、一向に債務額が減少しなかったので、昭和四五年五月二七日、同被告は林東助に対して金五〇万円を弁済して、同被告被告会社と林東助間の債権債務関係をすべて清算したこと、以上の事実が認められる。<証拠判断省略>
4、原告は右の債権債務関係を清算した際の林東助の意思表示は原告の本訴請求債権と関係のないものであり、また同人において真実でないことを知ってなしたものであり、被告らはこれを知っていたものである旨を主張する。
しかして<証拠>によれば林東助は被告らに対して昭和四〇年一二月一五日に金一一八万八、〇〇〇円を貸付けたことが認められる。そして原告は右の清算は林東助の右の債権を清算したものであると主張していると解される。
しかし原告会社の法人格が否認さるべきものである以上、原告の債権も林東助の債権も同一の債権者(林東助)の債権であるといわなければならない。<証拠判断省略>
5、したがって原告の本訴請求債権は右により消滅したものといわなければならない。
四、してみれば原告の本訴請求はいずれも失当であるから棄却するべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋爽一郎)